この記事まとめ
・緊張していても注意のコントロール能力が高ければパフォーマンスは低下しないという研究がある。緊張のあまり声が震えそうだなと感じたら前の壁を見て注意を一点に向ける、長期的な方法としてはマインドフルネス系のアプローチが有効。
「声が震えたらどうしよう」
人前で話す時やスピーチではそんな事を思って不安になりますよね。ほとんどの人は人前で話す時に緊張するもので、震えて泣きそうな声になる事もあるでしょう。私も人前で話す事がめっちゃ苦手だったからわかります。ですが、ある特徴を持っている人は不安下でも喋る力が落ちないということが研究によってわかっています。
では緊張していてもうまく話せるようになるには何をすればいいのか?エビデンスから一緒に対処法を勉強していきましょう。
人前で話す時の緊張は注意力で打ち消せるという研究
今回参考にするのは2012年Social psychological and personality scienceに掲載されたCR Jonesらの論文で、「注意のコントロールが上手い人は人前で不安を感じてもパフォーマンスが下がらないよ!」1)という内容の研究になります。詳細は以下の通り。
- 人前でスピーチを行ってもらった結果、不安がある人はスピーチが短い傾向にあり、スピーチへの評価も低かった。
- ただし、不安があった人でも注意のコントロール能力が高い人はスピーチの評価に影響がなかった。
- 不安を抑えようとすると覚醒が高くなりすぎて、後から思い出してもあまりスピーチの事を覚えていなかった。
というわけで、不安を感じるとやはり人前で喋る時のパフォーマンスが低下するのだけれど、注意のコントロールが上手だとそれがバッファー(緩衝材)のような働きをしてくれて緊張のデメリットを打ち消せるようなのです。
緊張した時に注意散漫だとますます緊張する
この結果からすると、注意のコントロールがうまくない人は緊張すると感情に翻弄されるがままでうまくしゃべることができないといえそうです。ですから、みなさん「緊張や不安をどうにかしてなくさないと!」と思いがちです。ここまでは同意してもらえると思います。
ですが、不安や緊張を無くす事など不可能なのです。手軽な解決方法があるならとっくにみんなやっています。不可能だから、あがいてこねくりまわして人前で頭が真っ白になったり声が震えたりしているのです。よって、「声が震えないように、緊張しないようにしよう」は悪手です。
むしろ、不安をどうにかしようとあがいた結果、脳の使えるリソースが減ってしまうのでより緊張が悪化します。脳のリソースは「落ち着いてしゃべる」という使うべきところに使わなきゃいけないのに、不安とがっぷり四つに組んで相手にしてしまうと、うまく喋ったり振る舞うという本来使わなきゃいけないところに脳の資源が割り振れないのです。
おまけに不安やこわさがあると、「昔こうやって話した時は失敗した」とか「声が震えたらどう思われるだろうか、恥をかくんじゃないか」とか余計なことをどんどん考えるのが人間ですから、不安にうつつをぬかしているとあっという間に脳のリソースは無くなってしまいます。
こうしてうまく喋れなかったり、あるいは全く話せなくなってしまうわけです。これがいわゆる「真っ白になる」とか「泣きそうな声になる・声が出ない」という状態ですね。
それに対して注意のコントロールが上手い人というのは、自分の中に湧き上がる怖さや不安といった感情はさておき、やるべき事に集中できていると考えられます。
「今の優先順位は喋ること。堂々と振る舞うこと。不安や緊張はあるけど、みんなそうだ。でも自分は、優先順位が低いところにリソースははあげないぞ」
と不安や怖さといった「大喰らい」に脳のリソースを与えるのを調整できるためだと思われます。ですから、集中力がある人は不安があってもスピーチパフォーマンスの低下を抑制できたと言えるでしょう。
上手くしゃべれたか?というスピーチの自己評価は当てにならない
さらにこの結果で面白いところは、実は不安をうまく抑えてスピーチがうまくいっていたとしても、本人はよくわかっていないという点です。
これは、不安などを抑えるためには脳が頑張らなければならず、そのために覚醒が高くなったためでは?と考察されています。覚醒が高い≒気持ちが昂りすぎるみたいな意味だと思ってください。
つまり一生懸命脳がフル回転しすぎて、その時のどういう状況で結果に終わったかというところまで頭がついていかないと考えられます。そして、そのフル回転の結果はうまくいっているし、やるべきことに集中できているからこそ、その時何が起こったかを覚えていないのです。
その結果後から振り返ると、「緊張しすぎて覚えてない‥うまくいかなかったんだ‥」と錯覚してしまうのです。その結果苦手意識が強まってしまい人前で喋る事になお泣きそうになるわけですが、それに反して周囲の評価は良く、うまく話せているのです。このことから、面接やスピーチといった緊張する場面での自己評価があまり当てにならないということが言えるでしょう。
さらに、やっている事がうまくいっているかわからないのですから、人前で喋る事は修正点を振り返れないので場数を踏んでもうまくなりにくく、またうまくいっていたとしても苦手意識ばかりが加速してしまう恐れはあるでしょう。
この対策として、科学的な人前で堂々と話せる人になる練習方法はプレッシャーのない場面でのスピーチ技術を確認できますから上達には適しているでしょう。また、評価されやすい声もあるのですが、やはり後からスピーチを振り返っても修正して次につなげる事は難しいと言えます。場数を踏むだけでは馴れる事はあっても、喋り自体はなかなか上達しないのにはこういった一因があるのです。
実際に話す内容ももちろん大事で、スピーチが上手い人には特徴的な7つの話し方があり、それを使って話を組み立てる事自体は有効です。ですが、スピーチは言葉の内容だけで評価されるわけではなく、フィギュアスケートのように「芸術点」のようなものが思っている以上に重要だと思ってください。そして芸術点は本番ではなく、普段の練習でしか伸びにくいのです。
このような理由から、経験を積んでも人前で喋るのが苦手だという人が多いのは当然とも言えます。
声が震えそうになった時にすぐできる対策
効果は弱めだけど、即効性はあるよ!
以上の事から、不安でも注意のコントロール≒集中力があれば上手く話すことができるという事がわかりました。問題はどうすればその注意のコントロール力とやらを鍛えられるのかということです。これには二つの方法があります。
一つは長期的な方法。もう一つはすぐ実践できる短期的な方法です。
もちろん皆さんお手軽簡単な方法の方が好きですよね。ですが、どうしても小手先のテクニックというのは攻撃力が弱いものです。古来より、緊張への対策方法で「人をじゃがいもだと思え」という言い伝えがあるのですが、本当に人間をジャガイモだと思えた人なんているんでしょうか?ここではもちろんそんな精神論は紹介しません。
というわけで今回は論文に書かれている対処方法を紹介します。声が震えそうな時、あるいは真っ白になりそうな時にはこの方法を行うと効果的でしょう。
人をじゃがいもだと思うより、部屋の後ろの壁に注意を向けろ!
今回参考にした論文では「緊張したら、部屋の後ろの壁に全集中して見る」など、注意を向ける先を決めておきなさいという方法が紹介されています1)。これは不安に注意を奪われないように、しゃべりとは関係ない中立的な対象に注意を向ける事で意識をフラットに戻しましょうという狙いでしょう。
もちろん聴衆の反応に注意を向けられれば最高ですが、それの状況判断や臨機応変ができないくらい緊張しているから困っているのですよね。それならば、壁はリアクションもしませんし間違える事もありません。事前に約束事として「喋る前に一呼吸ついて、部屋の後ろにある壁を見る」「不安を感じたら、一度壁に注意を向ける」事で不安や緊張から一度注意を引きはがすわけです。
「平常心になんてなれないから、心していくように」
私は緊張したときに「呼吸に注意を向ける」という方法を取っていましたが、論文に書いてあった壁を見る方法はとてもうまい方法だなと思いました。なぜなら、壁を見ると視線が上がりますし、聴衆を見渡しているようにも見えます。
余裕たっぷりなジェスチャーという意味でも、一呼吸つく事は落ち着き払った態度のように見えますからパフォーマンスとしても合間に「壁に注意を向ける」というのは役立ちそうです。どうしてもジェスチャーが不足すると何を考えているかわからないと評価されやすいですから、台本だけを見て読み上げるよりも、一呼吸ついて壁を見る方がプラスの印象すら与える事ができます。
どちらにも共通しているのは「緊張しちゃダメだ、落ち着けよう!」と思うのではなく他のものに注意を向けよう!という戦略を取っている事です。人前で話す時に緊張はします、それは受け入れてください。
緊張やプレッシャーについて、野球殿堂入りした古田敦也さんもこんな事を言っています。
初めて出るピッチャーには言いますね。「平常心になんてなれないから、心していくように」と
古田敦也 名言大学
これはかなり本質をついた名言であって、「この状況なら当然緊張するものだ、だからできる事を精一杯頑張ろう」と目の前のタスクに集中するが、無暗に緊張を抑えようとするより余程生産的です。大切なのは緊張しないことではなく、うまくパフォーマンスを出す事のはずです。緊張を無くすことは無理でしょうが、壁を見る事ならできるはずです。
こういった不安や緊張などネガティブなものも受け入れていく事をACTではアクセプタンスと言います。正直言ってこのアクセプタンスは習得に少し時間がかかります。ですが今までの緊張や不安への付き合い方を根本からひっくり返すようなものですから、これを習得できると大きいです。アクセプタンスのテクニックを学ぶなら、武藤教授の「ACT 不安・ストレスとうまくやる メンタルエクササイズ」が一般向けでわかりやすく良書です。
長期的にはマインドフルネス瞑想で注意力を鍛える
次に、長期的な対策を紹介します。言ってみれば本番まで時間がある人向けのトレーニングです。時間はかかりますが、こちらの方が効果は大きいです。
たとえば、受験勉強でいくら落ち着こうが、勉強していなかったら点数は取れませんよね。人前でうまく話せる事も一緒で、先ほど紹介したような小手先のテクニックもありますが、事前準備で自分のスペックを高めておく事が重要です。そういう意味では本当の意味で「人前で話すのが上手い人」になるための方法ですね。
その方法は注意のコントロールそのものを鍛えるトレーニングをすることであって、集中力があって、切り替え上手になるための脳のトレーニングを積むのです。筋トレと一緒です。これを鍛えておくと強いです。極めていくと
「失敗した事は残念だが仕方がない、できる事をやろう」
「腹が立つかもしれないが、ここは逆用した方が自分にメリットがある」
「不安で気になるが、自分がそれを知るメリットはないので忘れよう」
と、プレッシャーや気弱になるような状況でも合理的で的確な判断ができるようになってきます。頼りになる先輩・上司みたいな感じですね。
マインドフルネス瞑想でプレッシャーに強くなる
その方法はマインドフルネス瞑想になります。瞑想というとスピリチュアルなイメージもあり、「え?あれだけ科学うんぬん言っていたのに宇宙からの電波を受信しちゃったわけ?」と怪訝な表情をされる方もいるかもしれません。
ですが、私の立場からすると瞑想とは注意力のトレーニングにすぎません。電波とか知りません、人間に電波は受信できません。コワイこと言いますねあなたも。
先ほど対策として挙げた一点(壁)に集中するというのも一種のマインドフルネス瞑想のようなものです。集中する対象は呼吸に注目することが多いのですが、かなり退屈に感じます。ですが、今の時代はスマホや質の悪い情報のせいで集中する事はかなり困難になっていますので、現代っ子の私たちは最初、短時間でも難しいはずです。
だからこそ、マインドフルネスのトレーニングを積む事は特に長期で見返りが大きいです。「サーチインサイドユアセルフ」でも述べられているように、優れた成果を挙げるためにgoogleもマインドフルネスを取り入れているくらいです。
マインドフルネス瞑想の詳細は上記書籍や瞑想ブログの方も参照してください。短時間からでも良いので、注意を鍛えるトレーニングをしておくと緊張もしにくいですし、生産性も高まりやすいので、人生の早い段階で鍛えておくことをおすすめします。
引用・参考文献
1)Jones, Christopher R., Russell H. Fazio, and Michael W. Vasey. “Attentional control buffers the effect of public-speaking anxiety on performance.” Social psychological and personality science3.5 (2012): 556-561.