この記事三行まとめ
・失敗から学ぶことは効果的だけど、過去の研究では人は自分の失敗から学べない事を示している。
・この理由を知り対策をしないと、謝れなかったり失敗した時にまずい言い訳をしてしまいやすい。
・実は失敗から得られる情報は非常に質が高く、成功に結びつけやすい。
失敗した後に謝罪が下手で、しかもミスを繰り返す人
上手く切り抜ける人もいるよね。どうも失敗した後の行動が違うんじゃない?
みなさんは同じ失敗を繰り返すタイプと、失敗から学んですぐに修正できるタイプ、どちらが好ましいと思いますか?
これは考えるまでもないでしょう。しかし、現実ではなかなか失敗から学べない人がいかに多いことか。ミスをしてもただ認めて謝ればいいだけの状況でも、「いや、だって‥」と下手な言い訳を始めてしまってガッツリ怒られている場面をあなたも目撃したことがあるのではないでしょうか。ええ、私も昔やりました。
そして、時間が経つと同じような失敗を繰り返し、直そうと思っても微妙にピンボケした行動を繰り返すので「そうじゃねえんだよなぁ‥」と苦い顔をしてつぶやかれています。
失敗から学べばいいという事はみんな理解しているのに、どうしてこのような事が起きるのでしょうか。そして、私たちが失敗した後うまく切り抜けるためにやるべき事、そのために謝れない事を直していくにはどうすればいいのか、いつものように論文から一緒に勉強していきましょう!
人間は自分を守ろうとするので、基本的に自分の失敗から学べない
自分の失敗は認められず、学べないのがデフォなのね
今回参考にするのは2022年Eskreis-Winklerらの論文で、内容を簡潔に説明すると「人間が自分の失敗から学ぶのは難しいぜ!」というものになります。1)詳細は以下の通りです。
- 人間は自分の失敗から学べない。その理由には大きく分けて感情面(本能)と認知面(考える力)の問題がある。
- 感情面の理由としては、自我(自分のプライドのようなもの)を守ろうとして失敗に向き合えない。その対策として、他人の失敗から学ぶ・第三者の視点から見てみる・能力や専門的な強みを思い出す・成長マインドセットを強調するなどがある。
- 認知面の理由としては、成功より失敗の方が情報を分析する方が大変という原因がある。対策として、失敗は何を避けるのか教えてくれているのだと考える・失敗したタスクに多く時間や努力を振り分ける・予防や学びのために失敗を歓迎する文化とする、といったことが挙げられる。
- 失敗からの情報は成功の情報より質が良いので、今後にかなり役立つ!
以上のように、失敗から学ぶというのは非常に役に立つんだけれど人間である限り自分を守ろうとしたり、「失敗から学ぶなんてめんどくさい!成功したパターンなぞればいいじゃん」って思考になってしまいがちなんですね。
確かに本屋で「カリスマ社長の私はこうやって成功した!」みたいな本が売れるのは、やり方をなぞれば同じように成功できると考えたいからです。ですが、そのような本が溢れているのに世の中にカリスマ社長が溢れていないことや、朝カレーを食べてもイチローが量産されていない所をみると、成功者のやり方をなぞるという方法は疑って考える必要があります。
一方で、失敗から学ぶということは失敗を受け入れて、現実を事細かに見つめ直さないといけません。自分が愚かな判断をした事や、その損失、悔しさ・悲しさ・恥ずかしさなどを含めて全てです。それをクリアした上で「どこが悪かったのか?」と分析までしてようやく成長する事が可能なのです。
文章だとサラッと書いてますが、失敗から学ぶ事は精神的にも頭脳的にもかなりのスペックが要求される作業です。失敗から学ぶことは本能に反する行為と言ってもいいかもしれません。それならば、タフさのない人が「カリスマ社長の私はこうして成功した!」みたいな本に逃げ込みたくなる気持ちは分かります。
他人の失敗から学ぶ場合は他人事ですから、いきなり分析の段階から入れば良いので難易度がグッと下がるわけですね。まずは他人の失敗を見て学ぶところから始めましょう。
自分を守ろうとするから謝罪が下手になる
人間は失敗を受け入れられないものだという事はわかりました。特に失敗に対する恐怖があったり、メンタルが弱っている状況だと「いや他の人がミスをしたから失敗したんです、私のせいじゃないです」式の言い訳をしてしまいます。
人間の脳の特性としては当然の反応ですが、これは心証が非常に悪い上に、自分の失敗と向き合えないせいでミスをしないように成長することができません。自分を守らないと!というビビりムーブをしてしまうと、短期的にも長期的にも状況を悪化させてしまうのです。皮肉ですね。
そこを一歩引いて、他人事かのように失敗を眺められる人は着実に改善していきます。失敗するたびに「これでまた一つ賢い判断ができるようになった」と考えてみましょう。失敗は修正するべきことが見つかったという事でもあり、今の段階で修正できた事はむしろラッキーだったと言い聞かせましょう。そして失敗を振り返る時間を15分くらい取って、次どうするかを考えておけば次回似たような問題が起きた時にうまくいきます。
しかもこの方法の良いところは、それを踏まえて謝罪できると非常に心証が良くなりやすいということです。例として下記の二つを比べてみてください。
「どうして失敗したんだ?」
「いや他の人がミスをしたから失敗したんです、私のせいじゃないです」
「どうして失敗したんだ?」
「⚪︎⚪︎さんに頼んだのですが、それを今日まで忘れていたようです。私が再度早めに確認するべきでした。次回からは記録として共有し、また日付が近づいたらこちらから再度確認をするようにします。確認不足です、申し訳ありません」
どうでしょうか。2番目の方が自我を守ろうとせず、確実に学習が進んでいる分、「そうか、これも勉強だからな」と言って許してもらえそうではないでしょうか。なんだったら、「他の奴をかばおうとする殊勝なやつ」くらいに思われます。少なくとも「私のせいじゃないです」よりはるかに誠実に見えるし有能そうです。
大抵の場合、怒られるというのは失敗した後の振る舞いで相手の怒りにガソリンを追加してしまっている場合が非常に多いです。その原因は失敗と向き合えていない、先ほどの論文で言うところの「感情面で自我を切り離せていない」からです。それができれば失敗から学べる上に、リカバリーショットまで上手くなる。結果として誠実でデキるヤツになるのです。
マズい振る舞いの例として、「頭がいい人、悪い人の<言い訳>術」では長々と弁明する・冗談でごまかそうとする2)などが述べられています。この本で挙げられているのはどれも「あちゃー」というものばかりですが、自分を守ろうとする本能があるので無意識にそうなってしまうのです。マズい例は事前に頭に入れておく事が大切です。
ちなみに最初の例は数ヶ月前に私が実際に目撃したもので、「ああ、そりゃ怒るよなぁ。うまくないなぁ」と感じました。他人事だからです。言い訳をしてしまった本人は本当に自分が被害者だと思っていますし、その理由に一分の理はあるのです。ですがさらに激怒されているところをみると、全て他人に原因があり自分は悪くないという弁明が誤りだったのは明白です。
このことから私は他人の失敗を見たことで、「事実だったとしても、自己保身の言い訳から入ってはいけない」と他人の失敗から学んだわけです。要領の良い末っ子みたいですね。
実は私も今日失敗しましたが、最初に自己保身をしてはいけないという謝罪戦略は既に学習済み。ヌルッと要領よく謝罪してカミナリは回避、おかげで今も呑気にほろ酔いで記事を書き、皆さんに経験をお伝えできているわけです。賢いですね。
以上のように失敗を受け入れて謝罪すると言うのは気持ち的に難しい事ですが、潔く認められる方が短期的にも長期的にもトクな場面は多いです。
ひとつは、誠実に見えます。信用してもらうためには三要素が必要なのですが、そのうちの一つに「誠実性」が挙げられます。能力や優しさだけでは信用してもらえません。ミスをして潔く謝罪できると、かえって信頼を増すだってあるのです。
もうひとつは、潔く認める事ができると、自分の考えや行動を修正できますから、未来の予測精度も高めていく事に役立ちます。つまり失敗のたびに自分にとって一番得になる選択肢を選べる力がつくということです!
もちろん失敗をした時に気持ちを切り替えるのは言うほど簡単ではありません。ですが落ち込んだ時に映画やマンガが良い理由といった記事でも切り替え法について書いていますので、こうしたライフハックを併用しながら自分にとって最もトクな行動ができるよう要領よくヌルっと立ち回っていきましょう!
謝って自分のトクになるなら私はいくらでも謝るよ!
引用・参考文献
1)Eskreis-Winkler, Lauren, and Ayelet Fishbach. “You think failure is hard? So is learning from it.” Perspectives on Psychological Science 17.6 (2022): 1511-1524.
2)樋口裕一. 頭がいい人、悪い人の<言い訳>術. 東京, PHP研究所, 2005